ティン王国第一王子、デッカ・ティン。そして、王国西南端最前線を守護するアズル辺境伯の長女、リザベル・ティムル。
二人が出会ったのは、現在を遡ること十年ほど前のこと。当時、二人は六歳。それぞれ健勝なのだから、出会う可能性は有るには有った。
しかしながら、彼我の生家は余りに遠い。膝栗毛(徒歩)など論外、馬車を使うにしても無茶が過ぎる。 何の用事が有って、こんな無茶を通したのか? 有体に言えば、「我が子のティンを誇示したい親の自己満足、或いは虚栄心を満たす為」だった。そもそも、両家の当主達はデッカ達が0歳の頃から、二人を出会わせたくて仕方が無かったのだ。それを六年も待ったのだから、「よく我慢したね」と褒めて貰いたい。と、本人達は思っている。
六年.「諦めても良い」と思えるほどの長期間。それを耐え続けていた理由は、我が子の頭に生えた「余りにデカいティン」だった。
史上最大、空前絶後、「母体を突き破らなかったことが奇跡」と思えるほどデカいティン(ティンティン)。
ティン族ならば、羨ましがらずにはいられなかった。誇らずにはいられなかった。語らずにはいられなかった。例え王侯貴族であっても、狂喜乱舞せずにはいられなかった。 デッカの父ムケイも、リザベルの父アズルも、「世界中に知れ渡れ」とばかりに喧伝した。両家の領民達も、領主に倣って喧伝しまくった。騒ぐ者が増えれば、必然的に声も大きくなる。
デッカとリザベルの話は、それぞれの領内に止まらず、領外へと拡大していった。
そもそも、ティンに拘るティン族が無視できる話ではなかった。王国中に広まるのに、それほど多くの時間を要しなかった。 当然、両家の親達の耳にも入った。 このときから、両家の親達の心には「全く同じ想い」がはち切れんばかりに膨れ上がっていた。「どちらのティンの方がデカいのか?」
我が子が最大なのか? それとも、あちらの子の方が大きいのか? 気になって仕方が無かった。その目で確かめずにはいられなかった。
ムケイも、アズルも、それぞれの親族も、領民も、ティン王国の全国民、全ティン族が、デッカとリザベルの出会いを希求した。
しかし、実際に二人が出会えたのは「六年後」なのだ。そこまで時間を費やさなければならない、或いは待たなければならない理由が「当時」には有った。当時、ティン王国は周辺諸国との緊張状態が続いていた。
アズル辺境伯を含めて、彼の家族や臣下達はアズル領(最前線)から離れる訳にはいかなかった。
ムケイ王にしても、「私用」という勝手な理由で徒に最前線に出向く訳にはいかなった。 両家とも、「俺の(子どもの)方がデカい」と思いながら、それぞれ「そのとき」が巡って来るのを待つしかなかった。だからと言って、「ただ待つだけ」などと無為に時間を過ごしていた訳ではなかった。ムケイを始め、ティン王国の為政者達は周辺国との緊張緩和に奔走した。しかし、情勢は困難を極めていた。
そもそも、ティン族の存在自体が、他種族から恐れられ、疎まれていた。
ティン王国に味方は無く、周りは全て敵。所謂「四面楚歌」、或いは「国家リザベル状態」と言える窮地に立っていた。
その敵国の中に、「デッカ並み」といかずとも、最も厄介にして「首魁」とみられていた国が有った。それが、アゲパン大陸南方を支配する「アキネイ帝国」。大陸内で一二を争うほどの強大国だ。過去に於いてティン王国に遠征したことも有った。
結果はアキネイ帝国側のボロ負け。そのことを恨みに思っていて、当時のアキネイ皇帝などは、「ティン王国との徹底抗戦」を主張していたほどだった。 しかし、彼は二度目の遠征を行うことなくこの世を去った。その弔事が、アキネイ帝国とティン王国の大きな転機となった。代替わりをした新皇帝は「前皇帝の国家戦略の見直し」を宣言した。その中に、「ティン王国との関係改善」が含まれていた。
アキネイ新皇帝は「和睦」を認めた親書をムケイに送った。それに対して、ムケイはその厳めしい顔に満面の笑みを浮かべながら、全力で「おけ」と返事した。
かくして、ティン王国とアキネイ帝国は国交を樹立した。この一手で「アゲパン大陸東部勢力図」という将棋盤が引っ繰り返った。
そもそも、アキネイ帝国は、「あの」ティン王国と長年いがみ合えるくらいの強国なのだ。その国力は他国より頭十個分飛び抜けている。 アゲパン大陸東部周辺諸国が束になっても、ティン王国とアキネイ帝国の連合には敵わない。その事実は、当事者だけでなく、大陸西部地方諸国の為政者達まで理解していた。 各国が「ティン王国との関係改善」に舵を切ったのは、致し方なし、宜なるかな。かくして、長年続いていた「ティン王国と周辺国との緊張状態」が解消された。戦争の可能性も無くなった。
その朗報は、最前線指揮官であるアズル辺境伯を大いに喜ばせた。領民達も大喜びだった。 戦争の心配が無用になったのだから、喜ぶのも当然だろう。宜なるかな。 尤も、アズル辺境伯、及びアズル領の領民達が喜ぶ最大の理由は、アズル辺境伯の娘(リザベル)の頭に生えた「巨大なティンティン」だった。「これで、長年(六年)の夢が果たせる」
アズル辺境伯はリザベルと近習達を伴って、王領へと向かうことを宣言した。それを、領民達は諸手を挙げて歓迎した。
ティン王国を縦断する超大名旅行。その目的は、表向きは「参勤(ムケイ国王への拝謁)」となっている。 しかし、真の目的は「我が子のティン比べ」だったことは、最早言うまでもないだろう。道中天候に恵まれ、アズル辺境伯達は思いの外早く王都オーティンに到着した。その瞬間、「待ってました」とばかりに、デッカとイザベルの対面式が執り行われた。
二人が出会った場所は白亜の王城の中、大理石の床が広がる「謁見の間」だった。
この出会いに至るまで六年掛かった。その間、両家とも、いや、ティン王国全体で様々な努力を積み重ねてきた。その責年の夢が、漸く叶ったのだ。全ての者に幸せになるべき。誰もがそれを願った。しかし、現実は非情だ。勝負となれば、勝者の他に敗者が出るのは必定。その決着は、賭けた年数に反して一瞬で付いた。それも、一目瞭然だった。
デッカのティンは「大人の男性の腕」と錯覚するほどデカかった。
リザベルのティンティンは「大人の女性の腕」ほどのデカさだった。ティンの総量ならば、二本生えているリザベルに分が有った。束ねれば、デッカのそれに匹敵、或いは僅差で勝っていた。
しかしながら、ティン族に於けるティンの大きさの基準は「一本分」だった。かくして、デッカは勝利した。彼は「史上最大のティン」を名乗ることを許された。
デッカの父、ティン王国第二十代国王、ムケイ・ティンは大いに喜んだ。後日、「自分の戴冠式の何倍も感動した」と喧伝しまくっている。 対してリザベルの父、アズル・ティムル辺境伯は悔しさの余り泣いた。彼の近習の話によると、「滞在中の夜は部屋に籠って泣き続けていた」とのこと。 しかしながら、リザベルにも(ティン族的に)とても有り難い称号が授与された。「史上最大のティンティン」
実際、女性の中では類を見ないデカさなのだ。誰も文句は言わなかった。誰もが「然り、然り」と言って、首が首許に埋まるほど頷いた。
デッカとリザベルは、ティン王国の「生ける伝説」となった。その事実は、ティン族である二人にとっても喜ばしく、誇らしいことだった。
ところが、デッカも、リザベルも、互いの称号のことなど、全く耳に入っていなかった。二人の頭の中は、「別のこと」で一杯だった。 二人が出会った瞬間、互いに「相手のこと」しか見えなくなっていた。それぞれの脳内には、全く同一の直感が閃いていた。この人だ。
この瞬間、二人は宿命の「番(つがい)」を発見した。
互いに一目惚れだった。暫く見詰め合った後、どちらともなく接近して、それぞれ同時に声を上げた。
「俺はデッカ。ムケイ・ティンの長子、デッカ・ティン」
「私(わたくし)はリザベル。アズル・ティムルの長女、リザベル・ティムル」同時に名乗った瞬間、それぞれが「この世で一番好きな言葉」を知った。
「リザベル」
「はい。デッカ――様」 「はい。リザベル」 「はい。デッカ様」二人は相手の名前を連呼して、それに返事をし合った。二人の口から出てきた言葉は、それだけだった。しかし、それだけで二人は幸せだった。
「リザベル、リザベル、リザベル、リザベル」
「デッカ様、デッカ様、デッカ様、デッカ様」相手の名前を呼ぶ二人の顔に、満面の笑みが浮かんでいた。その様子や表情を見れば、彼らの心情は手に取るように分かった。
二人を見詰める周囲の者達の顔も、自然と綻んでいた。デッカの父、ムケイも、満面の笑みを浮かべて大きく頷いていた。
リザベルの父、アズルは、涙目になりながら無理矢理微笑んでいた。デッカとリザベルの気持ち、互いに寄せる恋慕の情は、それぞれの親達に「新たな野望」を抱く切っ掛けになった。
「この二人の子どもは、もっと凄いティン(或いはティンティン)が生えるかも――いや、生えるに違いない」
更にデカいティン(或いはティンティン)が拝めるかもしれない。その可能性は余りに魅力的だった。それが「直ぐ目の前に有る」となれば、手を出さずにはいられなかった。
かくして、デッカとリザベルの婚約が決定した。それに異を唱える者は、ティン王国内には誰もいなかった。むしろ、大歓迎した。
デッカには悩みが有った。解決すべき問題が有った。 王領の税収状況に対する疑念。 次期国王として、早期解決を図りたいところ。そんな彼の許には心強い友がいた。次回、「第七話 ティンを――握らせたのですか!?」
二人の友情に、割って入る邪魔者有り。
※拙作をお読み下さり感謝いたします。 宜しければ評価、感想などを頂けますと、涙が出るほど嬉しいです。 今後とも宜しくお願い致します。アゲパン大陸東端に位置する島国は、他国から「ジポング」と呼ばれている。 しかしながら、それは飽くまで他称。ジポング国民は、自国を「帆本」と呼称している。 何か、こう、火山噴火と同時に「ひょっこり」しそうな名前である。これもまた、島国故の感性か。 そもそも、ジポング――帆本は島国故、他国からの影響が少ない。帆本内では「帆風」という独自の文化が発展している。 王都「江都」の構造も、その内の一つ。 江都を上から見ると、川と見紛う大きな堀が「右巻きの渦状」になっている。江都城の城下町は、その間に挟まるように展開していた。 渦の中心に将軍の居城「江都城」。その御膝下に「武家街」。更に外側を「町人街」――と、いう順番だ。江都城には、真っ直ぐ辿り着けない構造となっている。 一応、城下町にはメインストリートが有る。しかし、それらは途中で建物、壁、なんやかんやの障害物にバッサリ遮られている。支道も袋小路ばかり。初見で江都城まで辿り着くことは難しいだろう。それ以前に、迷子になること間違いなし。 そんな「迷宮」のような場所で「祭」が開催されている。それも、全宇宙に名を轟かせている奇祭、「褌祭」だ。 褌祭を見学しようと、外宇宙から異星人までもがやって来るとか来ないとか。 まあ、仮に「やってきた」としても、現地民は無視する。発祥の地である地球の人々であろうとも、江都の都民達であろうとも、全力で無視する。 何しろ、褌祭の開催期間中は何かと忙しいのだ。それこそ人の心を亡くすほど。「今、正に開催中」となれば尚更だ。 些事に構っていられるほど、皆は暇ではない。例え異星人を見付けたとしても、「祭」以外に興味関心を覚えられる状態ではなかった。 今、江都城下町人街のメインストリートには、江都中の都民達が大勢詰め掛けている。それなりの広さが有る大道が、黒山の人だかりで埋め尽くされている。宛ら「満員電車の鮨詰め状態」と言ったところ。蟻の這い出る隙間もない。そのはずだった。 ところが、蟻より遥かに大きな物体が「ぬっ」と湧いて出た。 人海のど真ん中に、「屋根付きの箱」が覗いている。それを押し上げているものは、「半裸の男達」だった。 男達が担いでいる箱は、ジポングの「神輿」という。 男達の格好
武士の国ジポングの首都(王都)を「江都」という。他国の王都同様、王(ジポングで言うところの『将軍』)の居城を中心に、城下町が広がっている。 王城――江都城の周りには堀が有ったり、城壁が有ったりする。しかし、城下町には何の防衛機構も無い。「平和だね?」と、いう訳ではない。 実は、城下町自体が江都城の防衛機構なのだ。城下に暮らす領民は、ちょっとだけ涙目になっても良い。 尤も、そこは武士の、武士に因る、武士なりの考え。元より籠城戦となれば、領民を城に押し込めるつもりなのだ。城内には領民を匿う設備や、備蓄がタンマリ有った。まあ、それはそれとして。 現在、江都城内、他国でいうところの「謁見の魔」に、奇妙な「男女」の姿が有った。 歳の頃五十代――もしかしたら四十代後半と思しき男性と、十代前半――もしかしたら十歳未満と思しき女性。 二人は一見、親子。しかして、その実態は夫婦。しかし、只の夫婦ではない。二人の額から「大人の手」と形容できるほど大きな「角」が生えていた。 明らかにティン族。それも、王侯貴族級にデカい。さもありなん、宜なるかな。二人は王族だった。 ティン王国国王ムケイ・ティンと、その妻、王妃マルコ・ティン。 そんなやんごとない身分の二人が今、畳敷きの広間のど真ん中で、武士達に囲まれながら平伏していた。 何してんねん? 居合わせた武士、ジポングの為政者(将軍の近習)達は、二人の正体を知らない。それでも、「絶対に只者ではない」と直感して、二人をジト目で見詰めていた。彼らの主である将軍、徳下良月も「何かトンデモナイのが来ちゃってるぞ」と思いながら、引きつった笑みを浮かべていた。 そんな異様な雰囲気の中、平伏していた男女の内、男性の方が声を上げた。「余――いや、我が王ムケイ陛下から、将軍様宛の『親書』を預かっております」 親書。そこには現況の理由や意味が書いてある――かもしれない。居合わせたジポングの為政者達は、親書の内容に期待した。それを確かめたい気持ちも沸いた。 しかし、その前に「ちょっと気になること」が有った。 今、「余」って言ったよな? 余。とても偉い人が使う一人称である。それを許されている存在は、惑星マサクーンに於いては「王」、ジポングに於いては「将軍」唯一人。その事実は、将軍良月を含め、
奇妙な広間だった。藁を編んだ「畳」という床の上に、髪を結った複数名の中高年男性が座っている。その男達は、それぞれ「裃《かみしも》」と呼ばれる東方の民族衣装をまとっていた。 ここは異国。アゲパン大陸の東端に在る島国。その名も「ジポング」という。 現況は「ジポングの支配者」の居城だ。その中に有る大広間、他国で言うところの「謁見の間」であった。 一見、「変わった謁見の間」である。しかしながら、構造や機能は他国のそれと同じだ。 広間の最奥は「厚畳」と呼ばれる一段高い場所になっている。そのど真ん中に、歳の頃四十後半、或いは五十か? よほど苦労しているのか、年齢を特定し難い老け方をした男性が胡坐を掻いて座っていた。 その男――よく見ると、ちょっとイケメン。「若い頃はさぞやオモテになられた」とは、想像に易い。 しかし、実は一途な愛妻家。奥さん以外の女性に指一本触れていない。 その「貞操観念の権化」というべき男の名は「徳下良月《トクシタ・ラツキ》」という。 良月はジポングの武士を束ねる総大将であり、それ故にジポングを支配する「王」だ。ジポングでは、王のことを「将軍」という。良月は二十二代目の将軍だ。 その良月の前に、奇妙な二人組が平伏していた。 良月と同年代の男性と、十代前半と思しき少女。 それぞれ、ジポング的に「異国の衣装」をまとっている。しかし、奇妙なのは意匠だけではなかった。 男女の頭には「角」が生えていた。それも、「大人の手」と形容するほどデカいやつが。そのデカさは――そう、「王侯貴族級」なのだ。一目瞭然なのだ。 ところが、当人達は全力で身分を偽っていた。「我々は、ティン国王ムケイ陛下から遣わされた使者に御座います」 五十代男性が自己紹介した際、良月を含めた武士達が一斉に首を傾げた。 それ、絶対嘘だよね? 皆、男女の頭に生えた角――「ティン(或いはティンティン)を見ていた。実際、「それ」が一番分かり易い。しかし、例えティンが無かったとしても「普通の使者」とは思わなかっただろう。 ティン族の使者(自称)達の体から、抑えきれないほどの威厳が漂っている。それも、自分達の王(将軍)をも凌ぐほど。 このような偉人が、只の使者のはずが無い。 誰もが「これ、ほんとマジヤバいやつ」と直感していた。そして、「それ」は正鵠ど真ん中を深
アゲパン大陸北方、天壁ピタラ山脈の麓に在る白い城塞都市「王都オーティン」。 ティン王国最古の都市であるが故、オーティンには様々な名所旧跡が存在している。 その内の一つ、都市の中心(王城)から、ちょっと南寄りに「中央広場」と呼ばれる開けた場所が有った。 ピタラ石を敷き詰めた、直径三百メートルの大真円。そこは今、額に角を生やした人間(ティン族)」で溢れ返っていた。それこそ「王都中のティン族が集まっているのでは」と錯覚するほど。 何故なのか? その謎を解く鍵は、人海の中心に設けられた「木(ゲッパク)製の建造物」に有った。 それは、急造した「野外舞台」であった。 舞台の上で、人間(真人間族)が大声を張り上げながら動き回っている。 人間達は皆、「羽織袴」という異国の衣装をまとっていた。頭に髷を結って、腰に打刀を差している。 その格好は、東方の島国「ジポング」に住む「お武家様」のものだ。 お武家様が、鬼(ティン族)の集団に囲まれている。その様子を地球人が見たならば、「お労しや」と手を合わせてしまうだろう。 実際、お武家様方も生きた心地がしていなかった。しかし、彼らは逃げなかった。舞台の上から降りなかった。 そもそも、お武家様達には「鬼(ティン族)を楽しませる」という使命を持っていた。それを果たす為、この国(ティン王国)にやってきたのだ。 お武家様達は、全員「役者」だった。それも、ジポングで最も有名な演劇集団、その名も「ジポング歌劇団」の団員だ。 今日の演目は「甘えん坊将軍」という痛快娯楽現代劇。 物語の内容を簡潔に表現すると、「ジポングの最頂点に君臨する将軍が、あの手この手で色んな人に甘えまくる」といったところ。人気シリーズであるが故に、和数も多く、お約束の展開も多々有った。 しかしながら、今日の話は少々「特殊」な内容になっていた。 舞台の上では、複数のお武家様達が円を描くように並んでいた。彼らは全員内側を向いていた。その円心には一人のお武家様(壮年)の姿が有った。 そのお武家様こそ、物語の主人公「徳俵新之助《トクダワラ・シンノスケ》」。その正体は当代将軍「徳下値吉好《トクシタネ・ヨシヨシ》」である。 当然ながら架空の人物である。 今、新之助(吉好)は単身で敵地(悪代官宅)に乗り込んでいた。そこには悪代官と、その手
惑星マサクーン最大の陸地、アゲパン大陸。その「臍」というべき中央部に在る国、オニクランド共和国。その領土の中心に聳える山脈、オツパイン樅帯。その頂上部に群生するオツパイン樅の木の下で、白い革コートを羽織った貴公子と淑女の姿が有った。 貴公子の名はデッカ・ティン。淑女の名はリザベル・ティムル。 リザベルは、大きな樅木に背中を預けるように立っている。デッカは、リザベルの真正面に立っている。 うら若い男女が大きな樅木の下で向かい合っている。その現場に出くわしたなら、脳内に「仲良く遊びましょ」と、楽しげな幻聴が響き渡ったとしても致し方無し、宜なるかな。 しかし、その幻聴は一瞬で雲散霧消する。現況が醸し出す空気は「ラブラブ」ではなく、どちらかといえば「修羅場」に近い。 二人の間に剣呑な緊張感が漂っていた。しかしながら、それを醸し出しているのはリザベルだけ。デッカの方はと言うと、「訳が分からない」と言わんばかりの困惑顔で首を傾げている。 デッカの視線の先には、彼の右手が有った。それは、リザベルの左手に握られていた。その行為に関しては、デッカ側には何の疑念も無かった。問題は、「その奥に控えた物体」に有った。 二人の手は「リザベルの胸」の辺りに掲げられていた。その行為は、リザベルの方から仕掛けたものだった。デッカには意味が分からなかった。 デッカの頭上に「?」が浮かんだ。そのタイミングで、リザベルが謎の呪文を唱えた。「どうぞ、『お揉み』下さいませ」 「え?」 デッカの首が一層傾いだ。頭上の「?」の数も増えた。しかし、混乱しているのは彼だけではなかった。 この場には、デッカ達の他に、樅の影から二人を見守る護衛者、護衛隊、オニクランド共和国大統領夫婦がいた。彼らの首も一斉に傾いでいた。その困惑の空気は「元凶」にも届いていた。「あ、私としたことが」 マスクに隠れたリザベルの目に、正気の色が戻った。彼女は冷静になった。その上で、現況に対する「彼女なりの最適解」を告げた。「繋いでいては、お揉みできませんわ」 リザベルは、直ぐ様デッカと繋いでいた手を解いた。その行為によって、デッカの右手は解放された。その事実を直感した瞬間、リザベルは頬赤らめながら胸部を突き出した。「どうぞ」 「えっと?」 一体、何が「どう
デッカとリザベルは、現在「国賓」として、オニクランド共和国の特産品「オツパイン」の群生地を視察していた。 二人にとっては異国の地。二人の身を守る手段は、ティン王国内とは比較にならないほど少ない。 だからこそ、「護衛役」は頑張らなければならなかった。 デッカ専属護衛役、ブラリオ・ツィンコは、その全身に緊張感御漲らせながら、デッカの一挙手一投足に意識を集中していた。その視界には、デッカの隣にいる「イケメン豚面大男」の姿も入っていた。 イケメン豚面大男、オニクランド共和国大統領サイゼル・ポーク。 サイゼルは「デッカ達の案内役」として、オニクランドに付いて、あれやこれやと説明している。 今も、デッカの求めに応じるまま、オニクランドの独産品「オツパイン」に関する情報を提供し続けていた。その会話の内容は、ブラリオの聴覚にシッカリ捉えられている。「オツパインは、私も大好物でして。冬の間は食後のデザートの定番にしているのです」 「そんなに美味しいのですか?」 「はい。それだけでなく、見た目も素晴らしいのです」 「見た目――ですか?」 ブラリオの視界の中で、白い防寒服の貴公子(デッカ)がオツパイン樅を見上げた。その様子は、デッカの隣にいるサイゼルの視界にも映っていた。「樅木の下からでは分かり難いでしょう。宜しければ――」 サイゼルは、牙が突き出た口に微笑みを浮かべた。その僅かに吊り上がった口の端から、表情に見合った優しげな声が漏れ出た。「オツパインもご覧になりますか?」 「はい。オツパインも見たいです」 サイゼルの提案に、デッカは即応で食い付いた。 ここまでの会話に対して、ブラリオは全く違和感を覚えなかった。 ところが、デッカが「オツパインも見たいです」といった直後、異変が起こった。その様子は、リザベル専属護衛役、シア・ナイスの視界にも映っていた。 シア・ナイスは、極度の緊張状態にあった。心の中では戦闘態勢に入っていた。 そもそも、辺境伯量の騎士(騎士団副団長)である彼女にとって、外国とは即ち「敵国」なのだ。脳内で「相手は同盟国」と分かっていても、心は容易に受け入れ難い。 いっそ、斬り捨ててしまおうかしら? シアの心中では、戦闘狂の悪魔が「斬っちゃえ。斬っちゃえば楽になれるよ」と、散々シアをけしかけていた。 そんな折、シア